駅の歴史 鉄路の終わりにある始まり
伊勢奥津駅(いせおきつえき)は、三重県津市美杉町の静かな山あいにたたずむ、名松線の終着駅です。
昭和10年(1935年)に開業し、当初は松阪から名張までを結ぶ予定でつくられた名松線の「松」と「名」のうち、「名」へは結局延びることなく、この駅が終点となりました。
駅のそばには、かつて蒸気機関車に水を送っていた給水塔が今も残っています。昭和初期の面影をそのままに、鉄道が地域の命綱だった時代を静かに語りかけてくれる存在です。
時代の流れとともに、貨物の取り扱いがなくなり、駅も無人化。けれども、地域の人たちは駅を守り続けてきました。
2009年の台風で路線の一部が被害を受けたときも、運休が6年以上続く中で「もう一度列車を走らせたい」との声が絶えませんでした。
そして2016年、見事に全線が復旧。再び列車が伊勢奥津まで走った日、沿線の人々の笑顔が線路を埋め尽くしたそうです。
今も駅前には、当時の雰囲気を残した小さなホームと木の香る駅舎が並び、鉄道ファンだけでなく、ゆっくりとした時間を味わいたい旅人を迎え入れています。
🏞 山と川と、奥津のまち
伊勢奥津駅があるのは、津市美杉町奥津。
雲出川(くもずがわ)の上流に沿った、深い山々に囲まれた地域です。昔は伊勢と伊賀をつなぐ街道沿いの宿場町として栄え、今も古い町並みがところどころに残っています。
春には駅前の桜が咲き誇り、秋には山全体が紅葉に染まる。まるで季節が駅と一緒に呼吸しているようです。
夏の夕暮れ、ホームに立つと川の音とヒグラシの声が響き、冬は山霧の中から列車がそっと現れる。そんな自然と鉄道の風景がここにはあります。
「名松線の終点」という言葉には、どこか寂しさを感じるかもしれません。けれど、訪れてみるとわかります。
この駅は“鉄路の終わり”ではなく、“時間がゆっくり流れはじめる場所”。
人の暮らしと自然、そして鉄道が静かに共存している——そんな穏やかな風景が、伊勢奥津駅の魅力です。


